2019年1月5日に東京市ヶ谷の日本棋院にて記者会見が行われ、囲碁史上最年少棋士の誕生が発表された。
同席していた私は横からのアングルで撮っている。小林覚九段(日本棋院副理事長)、張栩名人、團宏明理事長らと並んで9才の仲邑菫(なかむらすみれ)さんがちょこんと座っていた。一番奥がお父さんの仲邑信也九段。
英才特別採用推薦、という今まで無かった制度が昨年内に制定され、今回それが適用されてプロ棋士となった。
通常プロ棋士の試験は、候補者を集めて総当たりの試合を行う。それを勝ち抜いた1名もしくは2名がプロ棋士として採用される。
充分な実力があっても、その時の勝負で勝たなくてはプロにはなれない。数年の足踏みを余儀なくされた者、断念した者は数限りなくいる。
今回の新制度は、小学生以下ですば抜けた才能が認められる子供を、トップ棋士達が審査し推薦する事によってプロ入りを認めるところが大きく違っている。
ただし「世界チャンピオンを狙える素質」という目で選ぶ。滅多なことでそこに入れるものでは無い。
彼女が一般のプロ試験を受けても通る可能性は高かったと思う。
早期にプロになれれば強い選手との真剣勝負が出来て、ナショナルチームの練習にも参加できる。より恵まれた環境で鍛えて世界チャンピオンになってもらおう、と言うことだ。
すでに彼女の強さは業界では有名だったが、プロになるのはもう少し先だと思っていた人が多いだろう。今回日本棋院は、従来の定石を超えた素晴らしい1手を打ったと思っている。
私自身は、スミレちゃんが8才の時に大阪で対戦している。2子で打って、中盤までは余裕を感じた。「まださすがに2子では無理かな」と思ったのだが
中盤以降のヨミとヨセが非常に強く、気がつくと負かされていた。強い子供の碁でヨミが優れているのは普通だが、終盤力の完成が早い事には驚かされた。
これはもう、過去に例が無いトンデモナイ棋士になる事が間違いない。
実はこの1件の前、菫ちゃんが6才くらいの時に、井山裕太さんから直接、彼女の才能がすば抜けていると告げられた事があった。
才能を見抜く能力は、当然ながら碁が強い人ほど高い。
菫ちゃんの見た目の佇まいと、囲碁の強さのギャップは、非常にかけ離れている。慣れるまで時間がかかる。
井山さんが言うなら間違いなく天才だろう、とは思いつつも、1局目は彼女を甘く見てしまった面がある。
それでも私は、プロを目指す子供との対局では、絶対に勝つつもりで打つ。その私に8才、2子で勝ち切ったのは揺るがぬ大きな事実と思ったものだ。
話を戻そう。記者会見の翌日には、大阪で井山裕太五冠との公開対局イベントが行われた。
幽玄の間でネット中継されたその棋譜を見て、強さの確認をした方も多いと思う。
○井山裕太五冠 ●仲邑菫(コミなし)
2018年夏に私が打った(向先)時と比べて、またハッキリ伸びていると思った。
たとえば序盤、右上隅の定石化された手順の後の、右辺の処理。
黒1から7で白の形を崩して黒9まで、非常に筋の良い手順で、センスを感じる。
下辺で井山さんが白1と仕掛けた場面。
黒2がこの1手という感じのサバキ。黒10までと、黒が優位に戦える体制を作った。
本局は中盤まで進んだところで公開イベントならではの打ち掛けとなり、その時点では白優勢と思うが、誰と打っているかを考えれば全く問題ではない。
菫ちゃんの本質は戦闘民族、武闘派だと思っていて、私はそこを非常に買っているのだが、ここ半年くらいで戦術的な部分も洗練されて来た感じを受けた。
将棋の藤井聡太さんが、子供の頃から詰将棋が得意で、終盤に詰みを見つける能力が誰より優れている。その終盤力を土台とし、後から戦略的上手さをAIを使って上げて行った。
菫ちゃんの囲碁の歩みは、この話と近いと思う。
4月1日付けでプロ棋士となる仲邑菫初段、3月生まれなのでギリギリ10才になるのが少し惜しいが、大事なのは最年少記録よりも最高到達点である。
卓球の福原愛さんの様な日本中から愛されるスターに、菫ちゃんがなるのでは無いかと想像している。
そして、ひとり天才が現れれば、棋士全体が影響を受ける。卓球界の様に日本の囲碁も進化のチャンスだと思う。今後が非常に楽しみだ。